今日、初めて猫の爪を切った。

これまでは生え変わった爪の抜け殻を自分でガンガン剥いでいたし、爪に関しては全く不自由なことはなさそうで、こちらも全く気にしていなかったが。この夏あたりから爪の抜け殻を発見することがなくなり。見ると、後ろ足の爪が、ビヨーンとえらく伸びていた。驚いた。いつ抜け落ちるかと観察を続けたが一向に剥がれず、爪はビヨーンと伸び続けた。

自分の年さえ定かじゃないので、猫の年も定かじゃない。でも多分けっこういっている。年のせいでもう生え変わらないか、生え変わる速度が遅くなったか。或いは最初から生え変わっていたのは前足のみで、後ろ足の爪は少しず〜つ少しず〜つ伸びていたのかもしれない。昨日にいたってはフローリングの床に爪が当たって痛そうにしていたし、カーペットに爪が引っかかってグルグル巻きになっていた。やばい。そろそろ切ってやらねば。

子供の頃、母が人間の爪切りで猫の爪を切っていたように記憶しているが定かじゃない。猫用の爪切りというものが存在しているのかどうかも定かじゃない。いろいろ定かじゃない。
疲れてた。でも今日しか時間がなさそうだ。とりあえずエスカレーターに乗って、上へ上へ。やっと歩いてるお爺さん、その後ろに続いてゆっくり、上へ上へ。
ようやくペットショップに辿り着くと、難なく「猫用爪切り」を発見。おお! 存在している! しかもこんなにもポコポコと置いてあるもんなのか。やはり猫には必需品なのだ、来たカイがあった、これで遂に…
しかしよく見るとそれは刃先が丸くなっているだけで、そんなに特別な機能性を感じない。なに?この丸いカーブだけ? 商品の裏の図解には丸いカーブの素晴らしい機能性がこれでもかと綴られていたけど、いまいち説得力が感じられない。

素直にそれを買うのもくだらないし中途半端に値段も高かったので、とりあえず色々調べた。店の柱に寄りかかりながら携帯ネットでググりにググった。傾きかけてた陽が暮れた。結果、大丈夫と大丈夫じゃないの説が半々だったし、よくわからないけど、まあいいや。とりあえず自分の爪切りで切ってみよう、と思った。だってあの丸いカーブにお金出すのはくだらな過ぎる。

この爪切りさ〜100均で買ったやつだからさ〜全っ然切れねえんだよ〜、と、前々から思ってた。5年は思ってた。安っぽい爪切り。そんなもんで臨む勇気はない。仕方ない。自分のためにも猫のためにもこの機会にちゃんとしたの買おう。
さあどこだよ爪切りコーナー、と思いつつ猫コーナーを離れて歩くと、意外とすぐにそれらしき一角発見。おお、なんだどした、運がいいねえと、キラキラ輝くちゃんとした爪切りに近づいて気づいた。うちの、これだ。

うちのが100均のでない事を知って、うひょー! とテンションあがった。なんで勘違いしてたんだか知らんが、ともかく一円もかけずに、済む。無駄足。でも軽やか。家路を急いだ。
帰ってまずは、自分の爪を切った。切れ味、悪くない気がする。絶対悪い気がしてたけど、全然悪くない気がする。全ては気のせいだ。世の中全部、気のせいだ。

さて再び昔を思い出す。子供の事、母が猫の爪を切る時、猫は暴れに暴れていたように記憶している。噛み付くわ引っ掻くわ逃げるわで、大変だったように記憶している。定かじゃないけど。気のせいかもしれないけど。
その猫はやはり老猫で、普段はとても大人しく、異常に穏やかな性格の猫だった。なのにそれだ。
老いてなおアチコチ飛び回るヤンチャなこいつの爪切りは、とんでもない大騒ぎになるに違いないと思った。

身構えた。さあこれからが本番だ。疲れていたが集中せねば。
ほ〜らいつも通りだよ〜と無駄にリラックスを装いつつ、慎重に猫ににじり寄り、素早く後ろ足を獲った。
…されるがまま。
あ、そうだ。そういやこいつは、そういうことには鈍感なんだ。
そういや無理矢理逆立ちさせても、なんですか?という顔をするだけだし。

後ろ足を獲ったまま、そーっと爪を捕らえて、爪切りに爪を挟んでも、何の反応もない。
思い切って先っちょをちょんと切っても、何の反応もない。
さあ暴れ出すぞ! と更に身構えたものの、やつはこともあろうにそのまま寝に入った。
なんかつまらん。
その後はパチパチと、伸びた部分をきれいに切った。
切り終わってどっときて椅子にぶっ倒れた。

多分、実家の猫は一度爪をきった際に神経や血管まで切られて、痛い思いをしたんだろう。痛いこととしての認識があった。うちのにはない。なんのことやらわからなかっただけ。多分、切られたことにも気づいていない。
気のせいか爪がなんか引っかかんないなーと思うだけだろう。そうそう全ては気のせいだよ。
かくして無事に、共に初の爪切りは完了した。

ああ、疲れた。